急行「南  風」
(キハ55/58系)
準急「南  風」
(DF50+旧客)

「南風」三態

左から順に、キハ58系急行「南風」、キハ181系特急「南風」、DF50+スハ43系「準急「南風」



準急「南風」上下列車の離合



実在編成を可能な限り再現した、客車準急「南風」
このほかに、NSRオリジナルの編成もある





 60年以上の長い歴史を持つ「南風」の、準急・急行時代を再現した、イベント用のリバイバルトレイン。

 実在の「南風」は、特急列車として登場したのは1972年だが、1950年10月に準急列車として登場したのが最初で、以来60年以上にわたって途中途切れることなく愛称が継続しており、定期列車として同一愛称で継続して運転された列車名としては、実は日本一の長さを誇る伝統のある列車名である。

 ちなみに「通算記録」としても、「さくら」「かもめ」「富士」に次ぐ国内第4位の長さで、しかも「準急」「急行」「特急」と「三階級制覇」した列車名ではダントツのNo.1となっている。



 現在NSRには、気動車急行時代と客車準急時代の編成が揃っている。

 気動車急行編成は実際の列車をほぼ再現しているが、客車準急編成については実際の列車よりも豪華に仕立てたNSRオリジナルの編成と、実在の列車に近い形で再現した編成の両方がある。


 なお、実際の客車編成ではDF50形のヘッドマークは掲出していなかったらしいが、NSRでは機関車にもヘッドマークを常設している。


客車準急・ヘッドマーク(テールマーク)2種


 実車の二代目テールマーク。
 1950年代半ば頃から気動車化されるまで、客車編成が掲出していたマーク。

 NSRでは、DF50形の57号機の第1エンド側(下り側)と、12号機の前後、オハニ36形、スハニ32形が、このマークを掲出。


 ちなみに実車の初代マークは、中央の「南風」の文字の両側に複数本の椰子の木が描かれている(二代目以降は片側のみ)。


 実車の三代目テールマークをベースに、NSR(JRT)オリジナルに意匠変更したもの。

 NSRでは、DF50形の第2エンド側(上り側)と、スハニ35形のみがこのマークを掲出。
 上り列車の場合に前後とも同じマークで揃うようになっている。


 実車の三代目マークは、初代をベースに「南風」の文字に白の縁取りが入り、「NAMPU」のローマ字が黄色から黒に、さらにローマ字部分のベースが黒から白に変わっている。
 気動車編成に掲出されて、急行列車に格上げされるまでの間使用された。







急行「南風」
<実在気動車編成>

1965〜1968年




キハ58の代わりにキハ55を連結したパターン

高知・窪川 ←→ 高松
< 1号車< 2号車3号車4号車 >5号車 >
キハ58キハ58キロ28キハ58キハ58

※「<」「>」は運転台の向き
※増結時等はキハ55が連結される場合あり



 実際の急行時代を再現した編成。
 キロ28形の前後に、背中合わせに2両のキハ58形を連結したのが基本編成で、当時の「土佐」「足摺」「いよ」「うわじま」「せと」「黒潮」などといった予讃・土讃線の急行列車は全てこれを基本としていた。

 当時はまだキハ58系の絶対数が不足していたため、「せと」「南風」といった看板列車に優先的に使用され、「土佐」「いよ」などはキハ26やキハ55で代用されることも多かったようだ。

 増結の際は、運転台の向きを揃える形で前後に適宜増結していたようで、増結される車両もキハ58のほかに、キハ28、キハ26、キハ55、さらにはキハ20など多岐に渡った。


 なお、実際にはこの当時は急行編成の冷房化が進捗しはじめたばかりの時代だったことから、非冷房車が連結されることが多かったが、現在はNSRに非冷房のキハ58系が在籍しないため、冷房車で代用している。



 ヘッドマークは、準急時代を含めて4代目にあたる実車の画像から起こした自作図面をシールプリントしたもの。

 「南風」「せと」は、客車準急〜気動車準急〜気動車急行時代を通じて、ずっとカラーイラストのヘッドマークが掲げられており、気動車時代は文字だけのマークだった「足摺」「土佐」「いよ」「うわじま」とは別格扱いであるということを誇示していた。
 なお、「土佐」「いよ」については、客車時代はイラスト入りヘッドマーク(テールサイン)を掲出していたが、気動車化の際に文字だけのマークに変更されている。





準急「南風」
<実在客車編成>

1957〜1963年


実車を現時点で可能な限り再現した編成
牽引機はTomix製57号機

1961〜63年当時の5両編成バージョン
牽引機はKATO製12号機、最後尾はオハニ36形

1957年頃のスハニ32形を最後尾にした4両編成バージョン

キハ181系との夢の競演!

姉妹列車である準急「せと」が気動車化される1961年まで、多度津〜高松(桟橋)間は同列車と併結運転
上り列車は「南風」の牽引機が高松まで通しで牽引していた




牽引機関車
(1957〜1963年)
DF50−12
or
DF50−57


(1950〜1957年)
高松 ←→ 須崎
1号車2号車3号車4号車
スハニ32
or
オハニ63
オロ35スハ43スハフ42


(1957〜1961年)
高松 ←→ 高知・須崎
増1号車1号車2号車3号車4号車
スハ43 オハニ36
or
スハニ32
オロ35スハ43スハフ42

※同時代の準急「土佐」も同一編成
※増1号車は、上り列車の高知→高松間のみ連結

(1961〜1963年)
高松 → 高知・須崎
1号車2号車3号車4号車5号車
スハフ42スハ43スハ43オロ35スハフ42

高松 ← 高知・須崎
1号車2号車3号車4号車5号車
スハフ42オロ35スハ43スハ43 スハニ32
or
オハニ36

※同時代の準急「土佐」も同一編成


日本交通公社時刻表 1956年12月1日時刻改正号より



 こちらは、DF50形牽引の客車準急時代の実車を再現した編成。
 (三等級時代の)二等車についても、実車同様オロ35形を連結し、テールサインも掲出して、当時の姿を可能な限り再現。


 通常は1編成で運用するが、スハニ/オハニとスハフがそれぞれ2組揃っていることから、同時代の準急「土佐」や、併結相手である準急「せと」を同時に再現することも可能。
 なお、現在はオロ35形が1両のみであるため、2編成同時再現時は、特別二等車であるスロ60形を、オロ35形代用として組み込む。


 ここまで来たら、DF50以前のDF40とかC58牽引時代も再現しようかとか考えてしまう(w





準急「南風」
<NSRオリジナル客車編成>


NSRオリジナル編成の準急「南風」


デザインはNSRオリジナル

牽引機関車
DF50−57


1号車2号車3号車4号車5号車6号車
スハニ35

スハ44
26
スロ60
18
マシ35

スハ43
2491
スハフ42
2174



 NSRのオリジナル編成。


 グリーン車には当時実際に使用していた通常の(三等級時代の)二等車(オロ35形)ではなく、いわゆる「特別二等車」であるスロ60形を使用し、食堂車まで連結するなど、実際よりも豪華に仕立てられており、編成内容だけを見れば「特急」として運転してもおかしくないモノになっている。







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