国分駅 (予讃線)
駅番号:Y04

住所香川県高松市国分寺町国分
開業日1897年2月21日
電略コク
標高33m
乗降客数 (1989年)1,112人
(1999年)1,028人
(2009年)356人(乗車人員
形態対面2面2線
主な設備


複線化の遺構



 かつての国分寺町にある駅で、文字通り讃岐国分寺の最寄り駅。

 駅場内全体が曲線半径400のカーブを描いているが、上りホームについては上り方に若干延長して、列車がなるべくカーブの途中で停まらないように乗り場が変更されている。
 しかし下りホームは以前のままで、しかも線路は105mmものカントが付けられているため、下り列車でこの駅に停車すると結構スリルを味わえる。


 場内/出発信号機の存在しない、停留所である。


 ホームは対面2面2線で、構内ほぼ全体が400Rのカーブになっている。
 当駅は国鉄時代の面影を強く残す、非常に長いホームが残っている。
 現在は通行禁止エリアが設定されているがそれも含めた現在のホームの長さは以下の通り。

1番ホーム:全長266.8m
 (内延長部分40.3m/延長部分を含む現用部分137.8m)
2番ホーム:全長230m
 (現用部分143.1m)
※ロードメジャーによる計測

 下り方を望む。

 1番ホーム下り方に変電所がある。
 また、この区間はカーブ内側(=池側)に架線柱を立てるスペースが無いことから、外側の架線柱だけで複線の架線を支持する複線片ポール区間となっている。

 上り方を望む。

 改札前から下り方面を望む。

 上り1番ホームは若干上り方に延長した上で、半分以上を使用停止にしている。
 下り2番ホームも、全体は以前のまま、下り方の半分近くは使用停止されている。

 1番ホーム延長部分。

 元々水路部分で終わっていたのを、それを跨ぐ形で延長している。

 2番ホーム側はかなり昔から水路を跨いでおり、その部分の柵には古レールが使用されている。


 跨線橋とその銘板。

 1番ホーム下り方端部から上り方を望む。

 1/2番両ホームとも、この部分は現在不使用となっている。
 1番ホーム横には保線基地があり、枕木やタイプレートなどが積み上げられている。

 カーブがきついせいか、架線吊架が二点支持となっている箇所がある。
↓駅舎内にある入場機

↓2番ホームの入出場機等

 2014年3月に設置されたicoca簡易改札機。

 左画像の上は、駅舎内にある入場用。

 2番ホームにはこれとは別に、跨線橋を降りた場所に入出場機がセットで設置され、その隣には自動券売機も設けられている。
 これは駅の構造上、駅舎を通らずに2番ホームに出入りできる(跨線橋降り口のすぐ横に駅の裏手に通じる出入口がある)ための措置と思われる。

 なお、1番ホーム用の出場機はホームに設置されている。

 駅舎に掲げられているプレート。

 緯度経度情報と標高が明記されている。

 出入口近くに取り付けられている、建物財産標。

 現在の建物は1978年の設置で、正式には「駅舎」ではなく「待合所」となっている。

 駅名票。

 改札を入って左手ホーム上のフェンスに縛り付けられている曲線票。

 曲線半径は400m、カントは105mmと記載されている。
 JRの狭軌在来線に許容されている最大カント量が設定されている。

 停車中のワンマン電車。
 振子ではない、、、、単にカントのせいで傾いているだけであるw






 当駅の見所のひとつ、上り方にある水路を跨ぐ短い橋梁。

 水路は二本あり、やや広い方は上下線ともガーター橋で渡っているが、狭い方は上り線はガーター橋で渡り、下り線は暗渠になっている。


 狭い方の水路を渡る上り線のガーター橋は「橋東橋梁(上り)」という名が付いており、支間1.22mとなっている。
 暗渠になっている下り線側は1955年10月の刻印があり、当駅の開業日や複線化の時期、さらに上り線側の橋梁名にわざわざ「(上り)」と書かれている点などを考慮すると、此方も元々橋梁だったのが後年暗渠化された可能性が高い。



(↓2022年10月撮影)

(↓2022年6月撮影)


 かつて駅舎向かって右側にあった電話ボックスは、2022年6月頃に車か何かがぶつかったのか、ガラス破損等により閉鎖されてブルーシートで覆われていたが、結局修復されることもなく同年9月末までには撤去されてしまった。





 2008年当時の様子


※2008年3月15〜23日撮影


 2005年当時の様子。

 icoca簡易改札機導入前まで駅舎内に設置されていた、自動券売機。

 この当時軌道敷地内に建植されていた曲線標は現在見当たらず、上の最新画像にあるとおりホームに移設したのであろう。


※2005年4月29日撮影

 2001年当時の駅舎。


※2001年8月28日撮影


複線化の遺構

 予讃線の国分〜鴨川間は1968年9月29日に複線化されたが、その際に当駅構内から下り方にかけてのS字カーブ部分も線路移設され、曲線緩和が図られている。

(1960年代前半)
(1970年代)

※国土地理院空撮より


 線路変更にあたっては、当駅構内の下り方半分程度も対象となった模様であり、現在も1/2番ホームにその痕跡を見ることが出来る。



 1番ホーム側、丁度ホームが嵩上げされている部分を見ると、左右でホームの構造が変わっているのが判る。

 上り方が開業以来の石積みのホーム、下り方が後年作り替えられたコンクリ製のホームで、1968年10月の竣工銘板がある。


 2番ホーム側は、丁度跨線橋を降りたところに同じような”境界”と刻印がある。

 此方は1968年7月と、1番ホーム側より一足先に竣工した模様である。






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