阿波山川駅 (徳島線)
駅番号:B14

住所徳島県吉野川市山川町湯立
開業日1900年8月7日
電略アヤ
標高31m
乗降客数 (1981年)1,034人(乗車人員)
(1983年)937人(乗車人員
(1989年)1,614人
(1999年)1,298人
(2010年)438人(乗車人員
(2022年)538人
形態片面1面1線
主な設備




 旧・山川町(現:吉野川市)の中心駅。
 1900年に徳島鉄道の湯立駅として開業。国有化の後、1957年4月1日に現駅名に改称された。

 国鉄時代は1985年3月改正までは一部の急行列車のみ停車していたが、以降は全ての急行列車が停車していた。
 1996年に登場した特急「剣山」も、当初は一部の列車のみ停車していたが、現在は全ての列車が停車する。


 国鉄時代の1985年2月1日に一旦無人化(簡易委託駅化)され、1988年12月11日から再び駅員配置となったものの、2010年10月1日から再度無人化されて現在に至っている。


 旧・山川町の中心部に近いところに位置するが、駅は国道から外れたところにあり、駅前の道は非常に狭い。


 ホームは片面1面1線。

 駅舎内の様子。

 画像右手が駅舎正面出入口、中央正面がホーム側。
 向かって左端切れたところに簡易タイプの自動券売機が設置されている。


 改札からホームへの上り階段。

 以前の階段(上段画像右側)は柵が設けられて通れないようになっている。


 ホーム待合所建家と、その建物財産標。

 まもなく築100年になり、これももういつまで残っているか予断を許さない状況であるといえる。

 現在の状況からは想像し難いが、かつてはこの南側にはホームの無い待避線と、島式ホームを挟んで3本の貨物側線が存在し、鉱石や木材等を取り扱っていた。


 「国鉄史」という資料によれば、かつて阿波山川には高越鉱業の専用線があったという記述があり、相応の貨物扱い量があったと想像される。
 現在駅南側にある高越建設はその高越鉱業の土木部門として設立された会社であるらしい。


 駅名標。


 2021年当時の様子。

 駅名標の画像の背後駅舎の右側の黒い影の部分に、かつて古い昔の駅名標が掲げられていたが、2018年以降2020年までの間に撤去されたようだ。


※2021年12月20日撮影

 2018年当時の様子。

 正面向かって右側、タクシーの奥にフェンスとトイレがあったが、いつの間にか撤去されている。
 当方手持ち画像では、2018年以降2021年までの間に撤去されているようなので、かなり最近のようだ。

 また、少なくともこの当時まで、国鉄時代の古い駅名標が残っていた。


※2018年6月8日撮影


 2008年当時の様子。


※2008年5月7日撮影


 2001年当時の駅舎。


※2001年9月1日撮影

 1997年当時の駅舎。


※1997年9月22日撮影





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